前日のつづきです。
中世におけるスコットランドのスチュアート
王家の家訓には、次のようなものがあった
という。
『服装は自分のためにあらず。
相手に敬意を払い、周囲に不快な印象を
与えないようにするのが作法の第一である。』
要は、人と会う時には、場所柄をわきまえて
キチンとした服装で臨むべしという教えである。
現代の我々はどうだろうか?
結婚式や披露宴に呼ばれて、
丸首シャツにジーパンで行く人はいない。
お客様と会うのが仕事の営業マンは、
いつでもスーツを着ている。
これらは、場所柄や状況をわきまえた
上での対応であり、同時に相手に対して
失礼にならないようにするための
配慮でもあるはずだ。
はて?、となるとこれはまさに、
スチュアート家の家訓そのものではないか!
ここではファッションに関する個人の
好き嫌いは排除され、おのずとTPOに
応じた衣服の着用が義務付けられて
いるわけで、
「服装は自分のためにあら・・・・」
の教えは今も生きていることがわかる。
賢察鋭い人はもうお気付きかもしれない。
そう、ごるふ場での服装の是非に関する
対立の論点は、服装そのものがどうこう
というよりも、ごるふ(あるいは、
ごるふ場)をなんと心得るかという
認識の決定的な違いによるものなのだ。
ごるふを単なる遊びと割り切って、
それ以上難しいことは考えない人に
とっては、ラフな服装のどこが悪いのか
サッパリ理解できず、
逆にごるふ場を神聖(?)な場である
と考えている人は、こうした人々の
格好を「見苦しい!」と訴えて、
激しく噛みつくのである。
もう1回つづく
2018.9.10
「相手に敬意を払い、周囲に不快な印象を
与えないようにするのが作法の第一」
これを言われると確かにこの言葉は
否定できないです。
それでも、Tシャツとジーンズ、例えば、
James Deanのような恰好が周囲に
不快な印象を与えるのか?という点で、
私はまだちょっと納得できないです。
ただ、「見苦しい」と思う格好が
嫌なのは確かです。
若い女性の半ケツジーンズについては
相当に寛大な心を持ち、相当に我慢の
出来る私ですが、男性の下着出しの
ずり下げジーンズには腹が立ちます。
「見たくもないものを見せるな」と。
不快な印象というのは人によっても
受け止め方が違います。
結論は、次の最終章を待ちましょう。