信長が、
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」
であるならば、では、家康は何と言うのか?
「鳴かぬなら どうすりゃええの?ほととぎす」
だろうと思います。
いや、別に馬鹿にしている訳ではありません。
家康ってやっぱ➁のタイプの人であり、
自分の意思で何かを決定した人ではない
と思います。
信長が生きていれば、信長の指示に従い、
秀吉が死ななければ、やはり秀吉に逆らわず
生きていたであろうと思います。
信長という英傑との縁がなければ、ほとんど
名を残すこともない地方豪族の1人で生涯を
終えたでしょう。
秀吉が死んだ時にも、本人は気が進まない
までも、素直に豊臣家を支える道を選んだ
であろうと思います。
が、彼の家臣は必ずしも➁のタイプばかり
ではなかったんですね。
③のタイプの家臣は、家康をけしかけることで、
自分の理想の天下統一の姿を想像したでしょう。
①のタイプの家臣は、自分のより大きな立身
出世を目指し、自分の主君たる家康をけしかけ、
家康の天下取りに動いたことでしょう。
彼らにけしかけられ、決して自分の意思を前面に
押し出すタイプではない家康はやむなく天下取りに
動き出したような気がします。
そして、彼の家臣の残り➁のタイプの人々は、
当然、主君家康から命が下れば、自分の意思を
優先することなく、素直に従います。
2022.3.7
ですので、家康は
「鳴かぬなら どうすりゃええの?ほととぎす」
と、取るべき手段を本多正信などの謀臣だとかに
諮るはずです。
自分の意思を優先はしませんし、少なくとも
自分の考えが間違ってないかいつも迷っています。
家康が自身の意思を優先するタイプであったなら、
嫡男信康を信長に言われるがまま、切腹はさせ
なかったことでしょう。
切腹させたふりをして逃がすという方法もあった
でしょうし、そういう説もあるでしょうけど、
家康は最終的に天下を取っています。
ならば、信康が本当に生きていたなら、世に出て
きたと思うんですよね。
非公式な形にしても。
ですので、家康は本当に信長に言われるがまま、
嫡男信康を殺してしまったような気がします。
➁のタイプの人は決して自分の意思でメチャは
しないけど、強要されるとか雰囲気に流されると
ひどいこともしちゃうという一例です。
そのため、単純に「良い人」とも言えないん
ですよね。
信康からすれば本当に「ええ~っ!本気か?親父!」
でしたでしょう。