親方衆は、自身も相撲を取って来た、更に本場所
だけでなく、巡業や各部屋の稽古も見ているで
しょうから、誰が強いのかはわかると思います。
もちろん「稽古場横綱」という言葉もありますので、
1つの面だけでは判断できないでしょうけど、
「みなさん、プロなんでしょ?」と。
従って、親方衆なり、理事会なりで横綱昇進を
決めるのは問題ないと思っています。
が、「横綱審議委員会」なんて箔付け機関を作って
しまったがために、素人にもわかりようにという
ことで、基準を制定してしまった。
これが誤りの始まりだったような気がします。
以下はWikipedia等からからです。
この頃の横審による昇進のハードルはとにかく
高かった。
横綱・貴乃花誕生に向けては2時間以上の大激論が
繰り広げられました。
最終的に貴乃花を横綱に推薦するか、どうかは
委員全員の無記名投票で決めることになった。
11人の委員の中で賛成は6票。横審の内規である
「3分の2以上の賛成」には及ばなかった。
貴ノ花は場所後、貴乃花と改名。翌九州場所で
2場所連続全勝優勝を果たして文句なしの成績で
横綱に昇進した。
当時の貴ノ花の強さなんて疑いようがなく、何を
数字で揉めてんだ?という気はしていました。
いたずらに昇進時期を延ばしてしまっただけです。
厳しい基準に泣いたのは、元大関・魁皇も一緒だ。
2004年秋場所で、13勝2敗で優勝。
翌九州場所では3敗を喫するも、千秋楽に渾身の
力で当時全盛期だったモンゴル人横綱の朝青龍を
堂々と寄り切り、優勝次点に漕ぎつけた。
地元九州場所の観客は「横綱・魁皇誕生」を疑わず、
この瞬間大声援が送られた。
それでも見送られたのは当時協会トップだった
故・北の湖理事長が綱取りのノルマを“13勝以上”に
設定していたからでした。
魁皇は当時「2敗した時点で昇進はないと思って
いました。負け方もみっともなかった。貴乃花
親方が2度も見送られていたからね」と話していた。
前にも書きましたが、魁皇は横綱で良かったと
思います。
一時代を築く横綱にはなれなかったかもしれません
が、彼より弱かった横綱もまたごろごろいるような
気はします。
一方で、豊昇龍、一時代を築く可能性は十分にあると
思います。
難しいかもしれないけど、王鵬と共に一時代を築く
ようなことがあると盛り上がりそうですけどね。
2025.3.16
まあ、興行団体のことで一喜一憂しても仕方ない
んですけど、見ている側からすると、相応の力士
には相応の地位を与えて欲しいです。
それがなかなか上手くやれてないように思われ、
かつ、マスコミが報道という形で力士を攻撃する
こともあることがイヤなんですね。
一般社会は本当に正当な評価がされにくいです。
ですから、本場所の成績というはっきりした結果
のある相撲界ではせめて正当にと思います。