引き続き、司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」からです。
「ロシアはなぜ負けるのか」ということは、
世界中の関心のまとになっていることも、艦隊の
ひとびとは新聞によって知った。
「この災害(ロシアにとっての)は、その専制
政治と専制政治につきものの属僚政治にある」
ということを結論にした。
これは世界の常識になった。
ロシアは日本のように憲法をもたず、国会をもたず、
その専制皇帝は中世そのままの帝権をもち、
国内にいかなる合法的批判機関ももたなかった。
二流もしくは三流の人物(皇帝)に絶対権力を
もたせるのが、専制国家である。
その人物が、英雄的自己肥大の妄想をもつとき、
何人といえどもそれにブレーキをかけることが
できない。
制度上の制御装置をもたないのである。
ロシアのすべての官吏、軍人は、その背後におそる
べき猛火を感じ、その火に背をあぶられている思いを
持っていた。
猛火とは独裁皇帝とその側近のことであり、
独裁体制下の吏僚の共通の心理として、
敵と戦うよりもつねに背後に気をつかい、
ときにはクロパトキン大将のごとく、眼前の
日本軍に利益をあたえてもなお政敵のグリッペン
ベルグ大将を失敗させることに努力し、その努力
目的を達した。
2022.3.11
「クロパトキン大将のごとく」というのは、
陸軍が旅順陥落にかろうじて成功し、
次の節目の戦いとなった黒溝台会戦での話です。
そこでロシアは陸軍の準指導者と言えるグリッペン
ベルグ大将が日本を追い詰め、勝利は時間の問題
というところまで来ます。
が、グリッペンベルグ大将にその功を上げられて
しまうと、自分の立場が危うくなるクロパトキン
大将が撤退命令を出して、勝利を逃がしたという話。
千載一遇のチャンスをものに出来なかったロシアは、
世界中からこの会戦で日本に負けたと思われ、
最終的な敗戦へとつながります。
クロパトキンにも自分が立役者となる勝利への
算段があったわけですが、ロシアの勝利よりも
自分の都合の方を優先したことは間違いありません。
かくして、ロシアは陸軍でも個人的な損得を優先
させ、国を亡ぼす原因を作っています。
それが
「眼前の日本軍に利益をあたえてもなお政敵の
グリッペンベルグ大将を失敗させることに努力し」
という部分です。