1回戦、決勝と難敵を突破できたのですが、
大会中は取組を見ながら「ほかに強そうなのは?」
とじっと見ていました。
ぼけーっとしていたわけではなく、
そこは時習館生らしく、常に戦術・戦略を
練っています。
開催の発端となった中学の時に県の相撲大会で
優勝したという1年生。
子供の頃から本格的に相撲をやって来たような
感じで、体格も大きく相撲取りそのもの。
強いかもしれんとは思っていましたが、
家の用事とかで早退し、2回戦で不戦敗。
残った気になる1人が、柔道部の河原先生。
この方、柔道部の顧問で、第51代横綱
玉の海の蒲郡中学柔道部時代の恩師。
多分、当時40才そこそこで、ずんぐり
むっくりした体型から、生徒からはロボコン
と呼ばれていました。
同じ蒲郡ですので、先生が柔道をしている
ところを見たことがあり、強さは目の当たりに
していました。
「こりゃ無理」と思っていたら、
3回戦で柔道部の2年生に八百長負け。
頼まれて出たはいいけれど、いくら何でも
ということで、勝ちを譲ったんだと思います。
それを見て狂喜乱舞の私。
河原先生に勝った生徒は180㎝越えの有段者
でしたが、私からすれば負ける気はしませんでした。
多分、向こうも、上級生とはいえど自分より
小柄な柔道素人相手に負けるわけがないと
思っていたとは思います。
ただ、私は私で、中学の体育の時間、
柔道の授業では柔道部員を投げ続け、
柔道部員から嫌がられる存在でした。
不用意に柔道で言う小外刈りを仕掛けて来た所、
腰を掴んで右後方に切り返し一閃。
その前の3回戦も、同じ柔道部の2年生有段者に
全く同じパターンで勝っていました。
ですので、残念ながら当時の時習館の
柔道部員は、ちょっとだけ偏差値が低かった
かもしれません。
柔道部員からは、「どこからも合格通知が来ず
浪人したあんただけにゃ言われたない。」
と返されそうですけど。
2020.12.5
「柔道部の顧問と言っても40過ぎ。
そんなん強くないだろ。」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、高校男子なんて背丈はあっても骨の太さ
だとか、肉付きはまだまだ子供なんです。
社会人になってラグビー部の高校生を教える
時には、高校生の身体が豆腐のように感じられ、
怪我をさせないようにとばかり考えていました。
逆に、高校生の時には大学生だとか社会人に
タックルに行くと、肩の骨が「ミシッ」と音が
したように感じられ、
「岩にぶつかったのかしら?」と思いました。
当時は言われていなかったけれど、今でいう
体幹の強さの差もあったと思います。
経験的に、デブということではなく、胴回りが
太い人には、格闘技系の強い人が多く、
河原先生なんてその典型だったと思います。
胴体に太さの差がなく、「ロボコン」と呼ばれて
いるぐらいでしたので。
ゴルフでもそうで、倉本さんや丸ちゃん
なんかは、体幹の強さで飛ばしていたような
気がします。
松山選手もお尻が大きいだけでなく、
胴体が太いです。